| 大正10年 |
辻川利一が阿倍野区松崎町に於て個人企業でシーリング印刷用金版及び刻印等の製造を開業する。 |
| 昭和4年 |
営業所を阿倍野筋3丁目に移転し鋼版彫刻に写真製版技術の腐触法を導入し鋼鈑彫刻の多量的生産を始める。又金属彫刻の技術者の養成に尽力し以後の彫刻業界に貢献する。 |
| 昭和18年 |
第二次世界大戦により印刷関係の企業統制が厳しくなり古川電工業株式会社の協力工場として軍需用刻印・測定用目盛等の製作に従事する。 |
| 昭和20年 |
終戦後、戦災を免れた為直ちにシーリング印刷用金版の他バッチメタル等の原型制作を再開する。 |
| 昭和22年 |
シーリング印刷用版として真鍮・銅版を開発する。 |
| 昭和27年 |
写真製版部及び機械彫刻部門を増設し戦後彫刻業界で始めてドイツよりデッケル彫刻機を導入する。 |
| 昭和36年4月 |
組織変更し株式会社辻川彫刻所として発足する。代表取締役に辻川利一が就任する。 |
| 昭和41年4月 |
本社社屋及び工場落成する。 |
| 昭和43年4月 |
アメリカダウケミカル社より技術導入しマグネシウム製版を開始する。 |
| 昭和45年6月 |
代表取締役社長に辻川弘が就任する。 |
| 昭和48年5月 |
阿倍野税務署より優良法人として表敬状を受ける。 |
| 昭和49年10月 |
東京営業所を開設する。 |
| 昭和52年10月 |
第2工場を新築し、機械彫刻部門の自動化を計画する。 |
| 昭和53年11月 |
阿倍野税務署より優良法人として二回目の表敬状を受ける。 |
| 昭和57年3月 |
阿倍野区阪南町に工場を新築しダイカットロール部門の能率化をはかる。 |
| 昭和58年11月 |
阿倍野税務署より優良法人として三回目の表敬状を受ける。 |
| 昭和59年6月 |
阪南工場を増築、本社を移転する。 |
| 昭和61年5月 |
製版工場を増改築し、大阪市下水道局の公害防止モデル工場となる。 |
| 昭和63年1月 |
大蔵省(現財務省)造幣局の協力工場となる。 |
| 昭和63年11月 |
阿倍野税務署より優良法人として四回目の表敬状を受ける。 |
| 昭和63年11月 |
阿倍野税務所長の表彰を受ける。 |
| 平成元年3月 |
ダイカットロール部門の業務拡張をはかる。 |
| 平成元年4月 |
社名をツジカワ株式会社に変更する。 |
| 平成2年11月 |
阿倍野税務所長の感謝状を受ける。 |
| 平成5年11月 |
阿倍野税務署より優良法人として五回目の表敬状を受ける。 |
| 平成8年5月 |
本社事務所増築する。 |
| 平成9年11月 |
大阪国税局長の表彰を受ける。 |
| 平成11年9月 |
ナビタス株式会社との業務提携により堺工場が稼働。 製版部門の生産強化をはかる。 |
| 平成12年2月 |
ISO 9002の認証を取得。 |
| 平成12年9月 |
八尾市に八尾工場を新築し、ダイカットロール部門を移転。 |
| 平成14年11月 |
ISO9001:2000 認証へ移行。 |
| 平成14年12月 |
上海辻川国際貿易有限公司設立。 |
| 平成15年7月 |
上海辻川制版模具有限公司設立。 |
| 平成16年3月 |
ISO14001の認証を取得。 |
| 平成16年7月 |
上海辻川制版模具有限公司開業。 |
| 平成16年11月 |
辻川 弘が代表取締役会長に、辻川 豊が代表取締役社長に就任する。 |
| 平成21年3月 |
東京デザインセンター開所 |
| 平成21年8月 |
ツジカワタイランド(Tsujikawa (Thailand) Co., Ltd.)開業 |